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オクタヴィア・サンローラン スーパーモデルになれなかったスーパーモデル

性転換の歴史7

オクタヴィア・サンローラン スーパーモデルになれなかったスーパーモデル

Octavia St. Laurent(1964~2009)

オクタヴィア・サンローラン写真集






「パパに言われたの。〝お前はスリーストライクアウトなんだ。それは黒人で、男で、そして、ゲイなんだから、ハードな人生を覚悟しろよ!〟とね。」

「あたしが本当の女ならこんなことはしないわ。でもあたしは女じゃないし、最高の自分でいたい。これは遊びじゃない。なりたい自分よ。」

「ファッション雑誌を読んだとき、あたしはいつも想像するの。表紙に写った自分を・・・まぁ、別に表紙じゃなくてもいいんだけど・・・」

『パリ、夜は眠らない。』(1990)より

1987年のニューヨークのハーレムのゲイ・カルチャーを切り取ったドキュメンタリー作品『パリ、夜は眠らない。』(1990)。

ボールルーム・カルチャーというハーレムの黒人やヒスパニックのゲイとトランスジェンダー達が、ファッションモデルのようなウォーキングや、後にマドンナの「ヴォーグ」と共に有名になるヴォーギングなど、様々なパフォーマンスを競い合うイベントです。そんな「ボール」に参加するゲイ達の熱気を見事に映し出したこのドキュメンタリーにおいて一際一際輝いていたのが、作中において「私はいつか必ずスーパーモデルになるの!ポーリーナ・ポリスコワの隣に立つのよ」と話していたオクタヴィア・サンローラン(1964-2009)でした。

ゲイであり、女装者である彼女は、少年時代に家出をし、1982年から「ボール」に参加するようになります。80年代当時、白人のトランスジェンダーは脚光を浴びることができても、黒人のトランスジェンダーには、街娼になるしか生きていく術はありませんでした。



オクタヴィアは、『パリ、夜は眠らない。』出演後、マット・ディロンとダニー・グローヴァー主演の『聖者の眠る街』(1993)に売春婦の役で出演し、本格的なキャリアを伸ばしていこうとした矢先にエイズが発病します。

それは、彼女自身が、80年代からドラッグを常習しており、売春を行っていたことからの感染したのでした。後にオクタヴィアは、「あの映画に出たときの私は人生で最悪の時期だったの、ドラッグ中毒で・・・あらゆることが最悪だったの・・・そして、やっとキャリアが開けようとした時に、エイズになって・・・人生ってフェアじゃないのね」と言っています。しかし、諦めずにミュージシャンとしての活動や、HIV啓蒙やトランスジェンダーの権利拡張の活動家として積極的に活動しました。

2008年にはエイズの果てに、末期癌と診断され、翌年母親の隣で死にました。

結局、ファッションモデルになる夢は叶わなかったオクタヴィア。しかし、彼女のイメージが21世紀において、一つのスタイル・アイコンとして蘇ろうとしています。20年早く生まれてしまった〝オクタヴィア・サンローラン〟。彼女がいたからこそ、現在のトランスジェンダー・モデル達は、存在するといっても過言ではないでしょう。

オクタヴィア・サンローラン写真集

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