性転換の歴史

マリー・ピエール・プリュヴォー 「バンビ」と呼ばれたオンナ

性転換の歴史6

マリー・ピエール・プリュヴォー 「バンビ」と呼ばれたオンナ

Marie-Pierre Pruvot(1935~)

マリー・ピエール・プリュヴォー写真集



ジャン・ピエール・プリュヴォーとして、1935年にアルジェリアの田舎の村で生まれた彼女は、少年期において、女性のような仕草で、いじめられ、内向的な文学少年になりました。16歳の時に、父親を亡くし、母親の家計を助けるために、カフェでボーイとして働くようになります。

そして、ある日、アルジェリア公演にやって来たパリのキャバレー・カルーセル・ド・パリのダンサー達がカフェを訪れたとき、一際目を引く美女が、男性だということを本人の口から教えられたのでした。その人の名をコクシネルと言います。

私は、彼女に会うまで、男性でありながら、女性でありたいということが、自分だけの病気だと考えていました。でも彼女に会ってから、そういう人がたくさんいることを教えられ、ありのままの自分を生きたいと強く願うようになりました。

マリー・ピエール・プリュヴォー



18歳になり、パリへと旅立ちます。そして、その名をマリー・ピエールと変えました。さらにステージ名を「バンビ」と変え、キャバレー、マダム・アルチュールでクリスマスの夜に初舞台を踏みます。一年後の1954年9月に憧れのカルーセル・ド・パリに移籍し、一座のスター・コクシネルと再会し、ルームシェアをすることになります。これが二人の終生の友情の始まりでした。

当時はコクシネルが、カルーセル・ド・パリの唯一のトランスジェンダーのダンサーでした。バンビが入り、自国でトランスジェンダーとして生きていくことが許されない人々(エイプリル・アシュレー、ソンエ・ティールら)が集まるようになり、数年後には、トランスジェンダーのダンサーがほとんどになりました。

1958年に、モロッコ・カサブランカにあるジョルジュ・ビュルーの「パルク診療所」で、コクシネルが性転換手術を受けました。その2年後の25歳のときに(すでに約20人の性転換手術を手がけていた)ビュルーから性転換手術を受け、女性になりました。





そして、1960年代に女性の性別を獲得します。カルーセル・ド・パリで20年間トップスターとして活躍しました。そして、世界中を公演したのでしたが、彼女が現役のときは、アメリカとイギリスにおいて、トランスセクシャルの入国は認められませんでした。

マリーの、すごい所は、ショーダンサーとしての生き方だけでなく=トランスジェンダーとしての生き方だけでなく、女性としての自分の可能性を追求したところにあります。

なんと彼女は、カルーセル・ド・パリで働きながら30代後半で、高校卒業の資格を取り、ソルボンヌ大学に入学し、マルセル・プルーストの研究で、学位と教員免許を取得し、38歳でダンサーを引退し、1974年以降は、ヒッピースタイルで教職についたのでした。そして、2001年まで25年間教鞭を取りその期間は、過去については一切話すことが許されませんでした。

2013年に、彼女を主題に生み出されたドキュメンタリー映画『バンビ』が公開されました。そして、トランスセクシャルとしては史上初めて、フランス教育功労章を受賞したのでした。

私たちの人生は手術台で終わるのではありません。手術台から始まるのです。だから、性転換を目的に生きていてることほどバカバカしい生き方はありません。

マリー・ピエール・プリュヴォー

マリー・ピエール・プリュヴォー写真集

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