性転換の歴史

リリー・エルベ 史上初めて卵巣を移植しようとした人

性転換の歴史2

リリー・エルベ 史上初めて卵巣を移植しようとした人

Lili Elbe(1882~1931)


「私はただ女性になるのではなく、愛する男性の子供を産みたいのです」そんな気持ちに忠実に生きて、そして、死んだ人がいた。1930年に40代後半で性転換手術を受けることはリスク以外の何物でもありませんでした。21世紀の40代は若々しいのですが、20世紀はじめの40代は、老人への一歩を踏み込んだも同然な時代でした。そんな時代に、成功例のない手術に果敢に望んだ彼女の一歩は、1969年7月21日に月への第一歩を踏み出したニール・アームストロングにも匹敵する偉業でした。

それは、男性として生まれた女性が、真の自分のあるべき姿を求めて前進する偉大なる第一歩だったのです。

その人の名をアイナー・モーウンス・ヴィーグナーと言います。彼女は性転換手術後に、リリー・エルベと名を改めました。1882年に生まれた彼女は、1904年にコペンハーゲンのデンマーク王立芸術学校で共に学んでいたゲルダ・ゴトリプ(のちのゲルダ・ヴィーグナーと結婚します。二人とも画家で、22歳のリリーは既に風景画の画家として評価されていました。一方、ゲルダは、ファッション雑誌の挿絵を描いていました。

1930年のリリー。

リリーが初めて女装するようになったのは、妻ゲルダのモデルが現れず、その代わりに、リリーにストッキングとヒールを身につけて、脚のパーツ・モデルになるように頼んだことがきっかけでした。男性としてはとても内気だったリリーは、その時はじめて居心地の良い開放感に満たされたのでした。1912年以降、2人はパリで生活するようになり、この頃からリリーは女装して生活するようになりました。そして、ゲルダは、レズビアンであることを自覚していました。

リリーは、1930年から31年にかけて5回にわたる性転換手術を受けます。まず1930年にベルリンを訪れ、マグヌス・ヒルシュフェルトの観察の下で睾丸摘出手術を受けました(その時、体内に未発達の卵巣が発見されました。元々体毛が薄く、小柄なリリーは両性具有者だったのです)。そして、ドレスデンの産婦人科にてクルト・ヴァルネクロスにより陰茎の除去と卵巣の移植手術が行われました。26歳の女性の卵巣が提供されましたが、拒絶反応により、2回の手術が行われるも失敗しました。3回目の手術の終了後、絵を描くことを止めました。そして、すべての作品を売り、今後の手術代金にあてました。

1930年10月のリリー。

最終的には、1931年6月の5回目の手術により子宮が移植され、性別の変更が認められました。しかし、手術後にリリーの体調はみるみる悪くなり、その3ヵ月後に拒絶反応によって、9月13日に死去しました。その上、そういった貴重な手術の経緯も、1933年5月のナチス・ドイツによる焚書と、1945年2月のドレスデン爆撃によりほとんどの重要書類は消失しました。

リリーが、卵巣も移植し完全な女性になりたかったのは、フランス人の画商クロード・ルジュンとの恋愛がきっかけでした。彼女は性転換というものを子供を生む能力の創造も含めて考えていました。そして、妻ゲルダもそんなリリーを最期まで支援しました。2015年に彼女の生涯を描いた『リリーのすべて』が公開された。

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