性転換の歴史

ドーラ・リヒター 史上初めて性転換手術を行った人

性転換の歴史1

ドーラ・リヒター 史上初めて性転換手術を行った人

Dora Richter(1881~不明)

ホルモン投与前のドーラ。

すべての大きな一歩には、小さな一歩目が存在します。その小さな一歩目を歩むことは、ある意味、大きな一歩を歩む以上に勇気の要ることです。ここに男性として生まれた女性が、性転換手術を行うことを決意した、その一歩目を踏み出した人物をご紹介します。その名は、ドーラ・リヒター

1891年、帝政ドイツ下の貧しい農村でルドルフとして生まれた彼女は、子供の頃から男性の肉体を持つ自分自身に違和感を持っていました。そして、その違和感が、6歳の時に、紐を使い自分の男性器を切断しようとする行為へと駆り立てていったのです。

ドイツ統一後の1871年以降から、ドイツの再統一後の1994年まで〝男性の同性愛を禁止する〟刑法175条が存在しました。しかし、男性の姿である自分自身が本当に嫌であり、恋愛の対象が男性だったドーラは、ベルリンのホテルでウエイターとして働きながら、プライベートでは女装をしていました。何回か女装の罪で逮捕された果てに、ドーラは男性用の刑務所に入れられることになりました。

刑法175条 反自然的なわいせつ行為は、男性である人の間でなされるものであるか、獣との間で人が行うものであるかを問わず、禁錮に処する。これに加えて、公民権の剝奪を言い渡すこともできる。

セクシャル・リサーチ研究所でメイドに従事するドーラ。

やがて、第一次世界大戦(1914-1918)が始まり、帝政ドイツの敗北により、ワイマール共和制(1919-1933)が出来上がりました。この時期のベルリンには、貧困と共に、自由な空気が満ち溢れていました。そんな1919年にセクシャル・リサーチ研究所が性同一性障害の研究の第一人者であるマグヌス・ヒルシュフェルト(1868-1935)博士によって創設されました。

彼こそが、1900年代にサード・ジェンダー(第三の性)について研究を始めた権威です。ドーラは、彼の保護により釈放されました。警察から女装の特権を与えられたドーラは、セクシャル・リサーチ研究所でメイド(他にも4人の女装者が雇われていた)として働くことになりました。

そして、1922年に睾丸摘出手術を受け、1931年に性転換手術が行い、人工膣を作る手術を受けました。これが記録に残る史上初の性転換手術となりました。しかし、ドイツでナチスが躍進した1933年5月6日、突撃隊により、研究所は閉鎖され、研究記録は全て燃やされ、ドーラの全ての手術の記録と共に、彼女のその後の人生も永遠の謎となりました。

わずかに残された写真の姿が、たとえ女性として洗練されていなくとも、ドーラという女性は、自分の心に忠実に生きようとした人でした。

ヨゼフ・メンゲレ。1942年。

アウシュヴィッツ強制収容所所長リヒャルト・ベーアとメンゲレと初代所長ルドルフ・ヘス

ナチス・ドイツの下で、記録に残っている性転換手術は、アウシュヴィッツ強制収容所に勤務していたナチス親衛隊のヨーゼフ・メンゲレ大尉(1911-1979、通称・死の天使)が21ヶ月の勤務期間(1943年5月30日 – 1945年1月17日)の間に行ったものです。しかし、その内容は、性同一性障害と向き合った手術ではない残忍かつ、低レベルな手術でした(同性愛を防ぐための去勢手術も含む)。

ナチス・ドイツの時代のドイツでの女装者に対する迫害は、熾烈を極めました。彼女たちは、ことごとく女装する権利はおろか生存権さえ奪われ、最も劣悪な環境で、犯罪者たちが班長(カポ)を勤める収容所へと送られていったのです。

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