性転換の歴史

クリスティーン・ジョーゲンセン トランスジェンダー・セレブ第一号

性転換の歴史3

クリスティーン・ジョーゲンセン トランスジェンダー・セレブ第一号

Christine Jorgensen(1926~1989)

クリスティーン・ジョーゲンセン写真集



男性の肉体を持って生まれた女性に対して、性転換手術によって女性になれることを世界中に向けて初めて伝えた人。彼女の存在により、1950年代から60年代にかけて、どれだけの性同一性障害の人々の命が救われたのだろうか?間違いなく、これからの中学・高校の教科書に掲載すべき人物。

クリスティーン・ジョーゲンセンは、1926年にジョージ・ウィリアム・ジョーゲンセン・ジュニアという名前で、アメリカ・ニューヨーク州ブロンクスに生まれました。両親は、デンマークからの移民で、父親は大工でした。ギャングとチンピラで溢れ返っていたブロンクスで、とても内向的な少年として育ちました。7歳から自分の性に違和感を覚えながらも、19歳で第二次世界大戦のため徴兵されました。

戦後の1945年に除隊し、エストロゲンを摂取しながら、性転換手術が出来る国を探し、両親の祖国デンマークでは、性犯罪者に対して去勢手術が行われていることを知り、特別去勢手術をしてもらえないか打診する。1951年、デンマークのコペンハーゲンにて、クリスチャン・ハンブルガー博士と出会い、本格的な女性ホルモンの投与を受け、女装して、生活することを薦められます。この時、彼女は、初めて女装しました。

そして、1951年9月24日、コペンハーゲンで睾丸摘出手術を受けました。さらに、1952年から54年にかけて陰嚢(いんのう)反転法にて性転換手術を受け女性になります(1954年、ニュージャージーで造膣手術を受けるが成功せず)。この時、名前をクリスティーンに改名する。その名前は性転換手術をしてもらったからハンブルガー博士から頂く。





1952年12月1日にニューヨーク・デイリー・ニュースのトップページに「元GIがブロンド美女」になるとレポートされ、(事実ではないが、)世界で最初の性転換者として話題になる。

1953年2月13日にアメリカに帰国し、300人以上の報道陣が駆けつける。帰国後、精神科医のハリー・ベンジャミン博士と共に、現在では主流になっている性転換へのプロセスを作り上げていきました。更に、その美貌と恵まれた才能を生かしてニューヨークの舞台やラスベガスのナイトクラブで歌手活動をする。

1960年、(将来のジェームズ・ボンド)ロジャー・ムーアと共に。

1959年に、結婚をしようとするも、同性婚により出来ず、婚約者はタイピストの仕事を失ってしまいます。

1967年に両親の死を転機に、カリフォルニアに転居し、しばらくは、ロサンゼルスのシャトー・マーモントに住みます(彼女は、両親が生きている間は、自伝の発売も、講演会も一切断っていました)。そして、この年、自伝を発表しました(1970年彼女の自伝を基にした『華麗なる変身』が公開された)。以後、定期的に大学で講演をすることになり、その知的なウィットに満ちた語り口調は多くの聴講生の共感を呼びました。1989年肺がんで死去。

クリスティーン・ジョーゲンセン写真集

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